ノーベル文学賞作家、大江健三郎。今でも時々本を出しており、出版の度に毀誉褒貶激しい人物ですが、久しぶりに初期の作品を読み直してみました。
飼育、という作品のあらすじは凄く簡単です。
① 戦争中、村に飛行機が墜落する。
② 乗っていた黒人兵を捕虜にして地下の倉に閉じ込める。
③ 主人公の「僕」は囚われの黒人兵と仲良くなったので村へ連れ出し、周囲の大人も黙認する。
④ しかし、黒人兵を県に引き渡す事になり、それを察した黒人兵は僕を人質に倉へ立てこもる。
⑤ 父親が僕の指ごと黒人兵のアタマに鉈を振り降し、殺害する。
⑥ 一連の出来事から僕は子供でなくなった事を悟る。
ご覧のとおり、凄く構図がシンプルかつ象徴的で、文学のお手本とも言える作品に仕上がっています。
子供がイニシエイションを受けて大人になる、という物語の骨子を支える舞台装置が戦争であり、黒人兵であり、村なのです。
イニシエイションとは通過儀礼の事。これはもちろん指の切断です。
分解・分析するとこんな感じでしょうか?
僕:子供。戦争という社会もその中での黒人兵の立場も理解していない。自分の世界だけで完結している。
どうして飛行機が墜落したのか、黒人兵はどのように遇されるべきなのか?どうして仲良くなった黒人兵が自分を人質にとるのか。
一連の出来事の関係性を理解していないのです。だから子供と言えます。
身も蓋もない言い方をすると、指を切断される、という痛い目を見て一連の出来事の関係性を悟る事で子供時代とは違う社会認識が出来るようになったわけです。
切断された指が僕の子供時代です。
大人になるという事は無垢な自分を切り落としている事だ、という比喩であることは明白。
様々なイニシエイションが残っている部族では「子供の垢を落とす」という表現をつかっているところもあり、人類普遍的なイメージだと言えます。
黒人兵:戦争状態という巨大な社会の「イベント」の象徴。村にとっては異物。
僕の大人への通過儀礼の為に設定された舞台装置の一つ。十分な教育を受けていないだろう村民や「僕」の異物感を増大させるため、大江氏があえて黒人に設定している事は明らかです。
ちなみに、第二次世界大戦の黒人パイロットは非常に少数で、大戦末期にレッドテイルズというチームが欧州戦線で戦っただけです。
よって黒人兵が日本に墜落する、という状況は歴史的にはまずありえません。
そもそも第二次世界大戦のちょっと前までは黒人差別が凄まじく、
知能が劣るから兵士になれない、
勇気が無いから兵士に向かない、
兵士はダメだからコックならいい、
大砲や銃は打てないけど、弾丸運搬手ならいい、
戦艦の操船はダメだけど、掃除とか雑用なら乗船してもいい、とか
今では信じられない事がマジメにまかり通っていた時代です。
なぜ墜落したのが白人パイロットではないのか、という点も考えるべきポイントですね。
飼育は物語構造はシンプルなので、これだけでほとんど説明できていると思われます。
評論家であれば、大江氏の作風の変化の中でどのような位置に存在する作品なのかとか、発表された時の社会情勢や当時の反応などもかけるのでしょうケド、モダンにはちょっと無理です。
この構図のシンプルさが、まさに文学という感じで非常に好感が持てます。
流石はノーベル賞文学者!
短編なので是非読んでみては如何でしょうか?
コメント
イニシエイションですか、なるほど解り易い。
でもこの場合のイニシエイションは慣例的な儀式のようなものではなく、偶発的に起きた事件であったということが肝要なでしょうね。
だってほら20歳になって成人式に出席したって、それでも大人になれない人っているじゃないですか(笑)
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