楽園追放の感想とネタバレについて

楽園追放

リアルタイムで見ていなかったのはホントに残念。食わず嫌いの作品でしたが凄く良い作品でした。おすすめ!

本作についてはSFで3Dアニメで虚淵脚本という事もあり、劇場上映時から存在を知ってはいたのですが食指が動かずスルーしていました。

その原因はなんといっても主人公、アンジェラの造形にあります。

お尻丸出しレオタードに謎プロテクター、16歳設定で釘宮ボイスという余りにもベタ過ぎるデザインにドン引き

アンジェラの登場する丸いロボット(アーハン)のデザインも如何にもCG映えしそうな造形でしたし、これでちゃんとSF出来るのって感じ。

やはりポスターの第一印象が良くなかったと思います。

しかし、アマゾンプライムの無料視聴コンテンツに追加されていたので暇つぶしにチェックしたら評価が逆転。

凄く練られた良い作品であることが分かりました。

哲学的な問いを含み、SFロマンもばっちり、アニメーションのクオリティも素晴らしくて文句のつけようがありません。

何事も食わず嫌いは良くないな、と久々に思いました。

楽園追放のあらすじ

物語としては非常にシンプルで王道ですが、簡単に消化できないようになっていて、まさにSFマインドたっぷりです。

時は西暦2400年。

世界はナノハザードと呼ばれるカタストロフを経た結果、98%の人類は肉体を捨て、ディーバと呼ばれる電脳空間で自我をデータ化して暮らしていました。

残り2%の人類はデータ化を拒み、ナノハザード後の荒廃した地球で暮らしています。

ディーバの住人は受精卵から数十時間を経た時点で人格がデータ空間に移されるため、生まれてから一度も肉体を持つことはありません。

電脳空間で暮らしているのであらゆる意味で肉体の檻から解放されているのです。

しかし、フロンティアセッターと呼ばれるハッカーがディーバにハッキングを仕掛けて来ます。

治安擾乱が目的と思われていますが、その本当の目的や正体は不明です。

冒頭、アンジェラは電脳戦で取り逃がしてしまいますが、フロンティアセッターが荒廃した地球上からハッキングを仕掛けている事が判明します。

捜査官である主人公アンジェラはマテリアルボディに自我を移して地上に降り、協力者ディンゴとともにフロンティアセッターの捜索を行います。

やたらと仕事熱心なアンジェラは同僚に先んじて地上に降りる為、ボディを成熟年齢ではなく未成熟な16歳として生み出すことでマテリアルボディ生成の時間を短縮します。

16歳のボディに自我をインストールして物理世界に降りてきたアンジェラは生身の肉体の不便さや空気の埃っぽさなどに閉口、疲労したり病気になったり、生身のディンゴとも価値観の違いからぶつかりますが、次第に打ち解けていきます。

この辺りはバディ・ムービーの基本ですよね。

そして地道な捜査の末、ついにフロンティアセッターを発見します。

なんとフロンティアセッターの正体は自我を獲得したプログラムでした。

カタストロフに際して、人類はディーバ設立以外にも複数の救命策が並行して動いていました。

その中の一つであるジェネシスアークプログラムは外宇宙探査船を建造して人類を地球から脱出させるものでした。

そのジェネシスアーク号建設進行管理アプリケーションに付随する自立最適化プログラムがアップデートの末に自我を持ってしまったのです。

自我を持ったプログラムはフロンティアセッターを名乗り、建造したジェネシスアーク号に乗り込む人間を募るためにディーバにハッキングしていたのです。

既にジェネシスアーク号は軌道上で完成しており、地上で作成した動力部をロケットで打ち上げてドッキングさせれば出航可能となっているのですが、宇宙船が完成しても運ぶべき人間がいなければプログラムは完璧ではありません。

そして、このフロンティアセッターは非常に人間臭いプログラムで、自我の定義からすればどう考えても人間と同等です。

ロックンロールを理解し、作曲やセッションも出来るのです。

アンジェラは生まれてから一度も生身の肉体を持ったことはありませんし、普段はデータだけの存在としてディーバで暮らしていますからハード面からはフロンティアセッターが機械であるとは言えないのです。

理由を知ったアンジェラはディーバに戻って上司にフロンティアセッターが無害な存在であることを報告しますが、ディーバをハッキング出来るプログラムに危機を感じた彼らは抹殺を命じます。

これに反抗したアンジェラは凍結されてしまいます。

肉体を捨てて自我だけになる事で無限の可能性を得る事が出来るディーバですが、その内実は苛烈な管理社会なのです。

電脳空間であるディーバのメモリ領域には限りがある為、ディーバの維持・発展の役に立たない個体はメモリ領域を凍結され事実上の死を与えられているのです。

メモリの量が自由の量。アンジェラは有能さを示すことで自身のメモリ領域を確保していたのです。

そして、その権限はディーバの支配者である3人に任されており、恣意的な運用が可能となります。

ほとんど無法地帯の地上と超管理社会のディーバ。

アンジェラが凍結された事を知ったフロンティアセッターはハッキングで彼女を解放します。

その際に最新型のアーハンや各種兵装を盗み出し、追っ手を振り切ったアンジェラは再び地上に戻ります。

しかしロケットの打ち上げを阻止し、ディーバの脅威となりうるフロンティアセッターのメインフレームを破壊するため、アンジェラと同格の工作員が攻めてきます。

アンジェラはこれをディンゴとともに迎え撃ちます。

戦いの中、フロンティアセッターはディーバに裏切られたアンジェラを乗組員として勧誘しますが、アンジェラはこれを拒否。

人間の乗組員不在のまま出航せざるを得ないか、と思われたのですがディンゴはフロンティアセッターに言います。

「お前はもう自我を獲得した人間である」と。

この言葉を手向けにロケットが発射され、フロンティアセッターはジェネシスアーク号そのものでありながら、唯一の人間として外宇宙へ旅立ちます。

ディーバという楽園から追放されたアンジェラはマテリアルボディのまま地上で暮らすことになり、ディーバの管理者はエリートであるアンジェラの造反を契機として更なる管理強化によって永遠の支配の楽園を築く事を誓います。

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SF的見どころとモダンの考え

これまで長々と書いてきましたが、もし興味がわいたら実際に見て欲しい作品です。

そして作中で語られているハードプロブレムについて考えを巡らせてみましょう。

第一の問題は人間の定義です。

実のところ、これははっきりとしたものはありません。

今のところ、運用上は人間の男女から生まれた存在が人間と呼べますが、もし仮に自我が肉体とは別に存在するのなら生物的な特徴は人間の定義とならないわけです。

そうなると自我の有無が人間の定義となります。

自我があるとか、無いとかいう問題は非常にデリケートです。

パソコンを介してやり取りが出来れば人間だと言えるかと言ったら無理です。

巧妙なアルゴリズムを組んだプログラムが解答しているだけかもしれません。チューリングテストという奴です。

相手に自分と同じような内省的意識があるという事は分かりませんし、自分の内省的意識(自我)を取り出して証明できないのです。

つまり、コミュニケーション可能か否かという部分だけでは人間とプログラムで違いは無いと言えます。

ただしこの作品世界におけるディーバの住人やアンジェラの場合は明らかに自我がデータとして存在しているので話は簡単ですが、だからこそフロンティアセッターとアンジェラの違いは無いという事になります。

そして人間から生まれた人間であっても時の権力者である教会や政府が人間だと認めなければ人間ではないという問題もあります。

これは奴隷貿易の歴史的経緯を見れば明らかで、いくら自分は人間ですと主張しても人間扱いされなければ人間ではない。

結局のところ、人間の定義は運用上の定義しかないワケで、だからこそ自我を獲得したという内省的意識を持っているフロンティアセッターは人間だと言えるでしょう。

そして、ここでモダンの好きな仏教における自我についてちょっと触れます。

もちろん厳密な定義や用語は使えないので、話半分で聞いてください。

自我の扱いについて

仏教における自我の扱いは色々と面倒です。

教団や宗派によって見解が違うので画一的な見方は出来ません。

例えば法相宗では唯識といって、この世のすべては要素の組み合わせによって現れた仮の姿だけど意識の存在だけは実在だよと言いますが、意識だって構成要素の集まりに過ぎないだろう、といった具合に批判されています。

もっとも洗練された説だとモダンが思うのは自我というのは複数の要素が絡み合って生まれた存在で、しかも一瞬ごとに更新されているというもの。

一瞬ごとに別の心になったらどうしてカルマ(業)が継続したり、自我の連続性が保たれるのかと言えば心相続という作用によって構成要素が持つ業の余力が継続しているからだと考えられています。

そしてこの考え方だと、肉体から切り離された意識は人間か?という設定自体がエラーになります。

あらゆる周囲の環境や肉体あってこその今の意識という事になるからですし、固有の意識の実在というものを認めていないからです。

徹夜明けでヘロヘロの自分と睡眠バッチリの休日の朝の自分は同じ自分か?と言われたら怪しいです。

判断の面から比べてみたら、絶対に違うでしょう。

そして、肉の衣を脱ぎ捨てて神の世界へ行く・・・というのはソクラテス以降のギリシア哲学の流れを組む西洋的な考え方だと言われています。

肉体と魂、肉体と意識、肉体と精神作用を別々に分けるのは昔のSFでも良くあるネタです。

本作もその伝統にのっとった設定だと言えますね。

そしてどうやら認知科学や人工知能研究の最先端では自我の扱いについては固有な実在ではなく、仏教的な捉え方をしているそうです。

だから自我が現象だよ、という知見がSFに反映されるのはもうちょっと先になるでしょうね。

現時点だと商業的に受け入れづらいと思います。

今のところは潜在意識にフォーカスした虐殺器官やハーモニーが限界でしょう。

最後に

本作には他にもSF要素の見どころは沢山ありますし、作画や作劇にも語るポイントは多いです。

例えば、閉鎖世界での永遠の支配とか外宇宙探索のロマンとか、CGアニメでの自然な演技とか。

アクションシーンでアンジェラが踏ん張る作画などはCGとは思えないクオリティで全く違和感がありませんでした。

実に可愛らしい(笑)

あの丸っこいアーハンも動いたら滅茶苦茶かっこいいですし、ディンゴもいちいち演技が素晴らしい。

楽園追放はテーマ的には攻殻機動隊の先を行く作品だと確信しています。

機会があったら是非見て下さいね。

色物っぽい外見ですが、内容は保証できます。

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